リレー小説企画1

far away

#5 白い影

 ――急げ、急ぐんだ。
 俺は自分に言い聞かせるようにして今来た道を戻っていた。
必死だった。
早く学校へ向かわなければ。
そればかりを考えていた。
今の位置なら裏門から回った方が若干早いだろう。
 次の角を右――
交差点は……信号待ちか――
無意識に俺は学校への最短ルートを視て計算していた。
 俺は人ごみを縫って走った。
途中、何度か通行人と肩がぶつかり怒鳴られたような気がしたが無視した。
邪魔くさいっ――
苛立ちは募るばかりで、俺はかなり自分勝手なことを思いながら走っていた。
 駅前を過ぎた頃、ここまで来て初めて信号に捉まってしまった。
だが、それでも一応この道が一番の近道であることは間違いない。
ペースというものを全く考えず、全速力で走り続けていた俺には、
流石に息が切れ始めていたので軽い休憩にもなって丁度良かったとも言えた。
「この程度で息をあげてしまうとはな……まったく、どこまでも情けない奴よ」
中腰で膝に手をついてはあはあと息を荒げていると、安綱が話しかけてきた。
そんな俺に対して安綱は何食わぬ顔で、まるでサッカー選手が相手をマークするようにピッタリと俺の横に立っていた。
「お前こそ……汗一つかかずになんでそんなに平気なわけ?」
呼吸を整えつつ安綱に問い返す。
「おことがだらしないだけのことだ」
返事になってねぇ……。
そんなやりとりをしていたら信号が赤から青へと変わったので、俺たちはまた走り出した。


 操車場の近くまで来たその時、路地の奥で一人の女子高生が数人の大人に囲まれているのが視えた。
チンピラにでも絡まれているのだろうか。
それとも補導員にでも捕まったのだろうか。
――しまった。
 ここまで考えて、自分の姿もまた制服姿だということに気がついた。
このまま角を曲がれば補導員に出くわしてしまう。
彼女には悪いが今の俺に助けてやれるだけの時間は無い。
 それに、今なら間違いなく俺まで捕まってしまう。
視なかったことにさせてもらう。
見ず知らずの人間に構ってる暇は無い。
 事は一刻を争う。
それなのに、何故か俺は彼女のことが気になって仕方がなかった。
 しかしちょっと待て。
よくよく考えてみるとおかしいじゃないか。
さっきまでこの道には何も視えていなかったはずなんだ。
もし視えていたのなら、さっき――
と言ってもここまで来てしまった以上、少し走って戻らないといけないのだが、そこで右に曲がっていたはずだ。
何か力が働いていたのだろうか。
何故かそんな気がして、安綱に話を振ってみたが、わからないという返事が戻ってきただけだった。
 来た道を戻るか、それとも新しい道を模索するか……。
考えながらも彼女のことが何故か気にかかる。
そしてビル越しに彼女をよく視てみると、幸か不幸か彼女が俺の知り合いだということが判明した。
「あれは……佐光? あいつこんなとこで何してるんだ」
この場合は気がついてしまった、の方が正しいのだろうか。
気づか……された……?
否、深く詮索している場合ではない。
景のことも心配だったが、目の前の佐光を放っておくわけにもいかなくなった。
仕方なく俺は、野暮用が出来た旨と、さっきあった路地を曲がって先に行ってくれと安綱に伝え、佐光の元へ向かった。


 よく見ると佐光を囲む集団は、まるでこれから手術を始めかねない格好をしていた。
白衣にマスク、手には手術用のゴム手袋をはめている。
どう見ても補導員ではなく執刀医と助手だ。
操車場に執刀医……普通に不自然。
まさか本気でこれからオペでも始めるつもりなのだろうか……。
それとも――
「佐光!」
俺はこれ以上先を考えるのを止め、彼女の名前を読んだ。
俺が佐光に声をかけるが早いか否か、佐光を取り囲んでいた執刀医とその助手らしき集団は、路地の闇へと姿を消した。
一体何処へ消えたのか、どうしてか視ることが出来なかったことが気になった。
「おい、おい佐光」
佐光の雰囲気は学校でのそれとは少し違って見えた。
視線は空を彷徨っていて、視点が定まっていない。
そして、肩を叩いたことでようやく佐光は俺の存在に気がついたようだった。
「何ぼーっとしてんだよ……」
「……へ? あっ、あれ? なんで遠近くんがここに? ……帰ったんじゃなかったの?」
佐光は少し慌てた様子で、私に何か用? と問いを返してきた。
「ったく、何寝ぼけたこと言ってるんだ。質問したいのはこっち。お前こそ家に帰ったんじゃなかったのかよ」
「うん。そう……そうなんだけどね」
佐光はそう言って、ちょっとねと舌をペロっと出すと少し気まずそうにその場を誤魔化した。
 詮索不要……ってことか。
まぁ、佐光がここで何をしていようと俺には関係無い事なので、知る必要もないし別にどうでも良かった。
「お前が何やってようと構わないけどさ、この辺りは変なのが多いんだから気をつけろよな」
 佐光の無事が確認出来た今では、俺は景の元へ少しでも早く急ぎたかった。
同時に適当な台詞でこの場から早く抜け出すことしか考えていなかった。
「お気遣いどうも。遠近くんからそんな台詞が聞けるなんて思ってもみなかった。
そんなことより、遠近くんこそどうしてこんな場所に居るのかなぁ」
佐光は少し大げさに首をかしげ、俺の顔を覗き込んできた。
言い返したい気持ちもあったが今はそれえどころではない。
「俺もちょっとな」
佐光の言葉をそのまま使わせてもらうことにした。
「つうかさ、委員長がこんなところに居るの先公にバレたらヤバイんじゃねぇの」
そう言って、佐光を家に帰るように促し、それじゃあ急ぐからとその場を後にすると、
「――待って、遠近くん」
後ろから佐光が俺を呼び止めた。
何か言いたそうだったが、ただでさえ時間が惜しいと言うのに佐光にこれ以上時間を割いてる余裕はない。
「あー、悪い。急いでるんだけどな……。明日じゃだめか?」
そう少しきつめに返事をすると佐光は
「あっ……ごめんね、やっぱいい。なんでもない」
と手を振って、最後に気をつけてねと加えた。
お前が気をつけろよと軽くつっこみを入れたくなったが、後ろに手を振って俺は景の元へと急いだ。


 随分と時間がかかってしまった。
だが、俺が裏門に着いてもそこに安綱の姿は無かった。
あのままのペースで走っていれば、とっくに着いていて良いはずなのだ。
正門の方へでも回ったのだろうか……。
だが正門を視ても安綱の姿は無い。
先に乗り込んでしまったのだろうか。
 裏門を乗り越え校舎の中へ走ろうとした時――
「風一、おこと一人で乗り込むつもりか」
背中で声がした。
振り返るとそこには、よれよれの格好で歩いてくる安綱の姿があった。
思わず俺は傷だらけの安綱の元へ駆け寄った。
一体俺が佐光に構っている間に何があったと言うのだろうか。
「安綱――」
「まったく、おことのせいで非道い目に合うたわ」
そう言うと、安綱は俺と別れてから裏門に着くまでに至る出来事を話し、もとい愚痴り始めた。
「おことと別れた後にな、小路の手前で猫どもが屯して居って……その、なんだ……」
ここまで言うと安綱は黙り込んでしまったので、何が言いたいのかさっぱり解らなかった。
「あ、否、道を変えようとも考えたのだがな。
その……おことが追いついてくるかと思って待って居ったのだ」
あぁ、それは悪いことをしたなと思い謝ろうとすると、どうやら違うらしい。
「そしたら彼奴等め、私を見るなり跳びかかって来おって――
 べ、別に猫が苦手とかそう言うことじゃないからな」
あ、そういうことか……。
「――ぷっ……くくっ、あははははは」
安綱には悪いと思ったが、つい吹き出してしまった。
余計な台詞を入れなければ、少なくとも俺には勘付かれることも無かったろうに。
「な、笑うな! 大変だったのだぞっ」
 目の前では中学生くらいの女の子が顔を真っ赤にしてわめき散らしていた。
こうしていると安綱も普通の女の子と変わらない。
むしろ顔立ちが幼い分、可愛らしくさえある。
 つまりはこういうことらしい。
俺と別れた後、安綱は猫の集会にでもお邪魔してしまったのだろう。
そして苦手な・・・猫の集団に囲まれ悪戦苦闘を強いられた……。
たかが猫、されど猫とでも言ったところか。
 当事者にしては余程の出来事だったと見える。
確かに良く見れば、傷も引っ掻き傷がほとんどで怪我という怪我はしていなかった。
一番大きなものでも、転んだのであろうことが覗える膝と肘のに出来た擦過傷だろうか。
「いや、悪い悪い。それにしても……くくっ、猫が苦手とはなぁ。ぷっ、あははははは」
 すっかり拗ねてしまった中学生に負ぶさるかと尋ねると
「いらぬわ!」
と、怒鳴られてしまった。
「私の話などどうでも良い。今、おことは弟の心配をしていろ」
と。


 廊下は静かに! 走らない!
生活指導委員製作のポスターが目に入ったが、今はご丁寧に守っている場合ではない。
景の居場所が視あたらないため、教室1つ1つを調べて回っている。
 俺の遠目見眼は、物体を透過させて視ることが出来る能力らしい。
ここへ来るまでの間、ずっと使い続けていたためか、この能力がどういったモノなのかが段々とだが解ってきた。
遠くのモノを視たり、近くの建物を透かしてみたり、はたまた敵の急所を視抜いたりと、
モノや距離を定めていればそれを透過して視ることが出来るというもののようだ。
だが、校舎内の各教室の中を探るなどといった、距離を少しずつ調整して視るということに関してはあまり向いてないようだ。
慣れてないせいもあるのかも知れないが、距離の調節、望遠鏡で言えばピント合わせが巧くいかない。
だから俺たちは今校舎内を最上階から視て回っているところなのだ。
これなら学校へ向かっていた時と同じ要領だから難しいことではない。
 ちょうど景の教室を調べ終わり下の階へ降りようとした時、窓の向こうの体育館に白い影が入って行くのが見えた。
さっき佐光を取り囲んでいた奴らだ。
何故、奴らが……?
そして、体育館の中には何も視えない。
佐光のときと一緒だ。
今の体育館に……それに、佐光の時にも何かの力が働いていたのだとしたら……。
俺は中に景が居ることを確信した。
まだ2階と1階が残っていたが、俺の確信は揺らぐことなく、足は自然と体育館へ向かっていた。


 体育館への渡り廊下に差し掛かった時、とてつもない悪寒が背筋を走った。
「景!」
体育館の扉の前には見張りが立っているわけでなく、また扉が閉められているわけでもなく開け広げてあった。
中へ飛び込むと景が中で横たわっていた。
「景!」
もう一度叫んだ。
しかし、返事は無い。
気を失っているのだろうか。
景の身体の上で何者かが漂って居る。
これが未来視眼の女性が言っていた魑魅魍魎ちみもうりょうなんだろうか……。
 そんなことを考えていると、舞台のある方から向かってくる人影が見えた。
「いやはや、遅かったですねぇ。
人を待たせることは、あまり関心でるものじゃありませんよ」
そう言いながらこちらに近づいてくる真っ白のスーツを身に纏った細身の老紳士の姿をしたそれは、
口調や表情こそ穏やかだがどこか冷酷さを感じさせる。
「お前か、景をさらったのは」
「おやおや、人聞きの悪い。
たしかに弟さんはお借り致しましたが、さらって来たのは私じゃありません。
こちらの方々です」
と言って老紳士が手を延ばした先には、さっきの執刀医とその助手が並んでいた。
「どうせお前が指図したんだろ」
「んー、まぁそうなりますかねぇ。
でも貴方の弟さんは、こうなるべくして生を受けたんですから何も悪いことはしていないでしょう?
でもまぁ、確かに勝手にお借りしたことに関してはこちらに非があります。
謝りましょう」
 そう言って老紳士は帽子を取ると、深々と俺たちに向けてこうべを垂れた。
「ふざけるな!」
「おぉ、恐い恐い。
感謝はされても、怒られなければならないことは他にしてないと思うのですがね。
弟さんへと執り行っていた儀式ですが、貴方がたにも見せて差し上げようと思いましてね、半分残しておいたのですよ?
これから残りの半分を行いますので少し離れたところからご覧になっていてくださいね」
 儀式? 半分……終わった――
「貴様……」
俺の中に怒りという感情が湧いて来るのがわかった。
「貴様、初対面の相手に対し自ら名を名乗らぬことは、それは無礼とは言わないのか?」
そう言うと安綱は、今にも飛び掛らんとする俺を制した。
「おやおや、これはとんだご無礼を。
でもねぇ、名乗ったところで貴方がたには関係のない事なんですよ。
儀式が終われば彼らに肉体ごと魂まで喰らいつくされてしまうのですからね。
それでは皆さん、二人を少し落ち着かせてあげてください。
そうそう、残り半分を憑依させるまでは食べてはいけませんよ。
お行儀の悪い人は私は嫌いですからね」
執刀医たちは、老紳士の合図とともに俺たちを押さえつけようと、じりじりと迫ってきた。
 老紳士は景の方へ振り返ると、一本のナイフを右側の扉に向かって投げた。
「それと……、覗き見とは感心しませんねぇ」
 ナイフの刺さった扉の向こうから姿を現した人物を見て、俺は一瞬目を疑った……。
その人物とは、ついさっき会話を交わして来たばかりだったから。

 佐光綾……何故、彼女がここに――





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