
結局、佐光に昨日の話をすることが出来たのは放課後で、俺は、佐光の委員会が終わるまで待っていなければならなかった。
ただ待っているだけというのも暇なので、俺は佐光の仕事を手伝うことにした。
俺は作業を進めながら昨日あった事、操車場での出来事から安綱のことを話し始め、それから俺達兄弟に隠されていた能力、俺の遠目見眼、景の読心眼のこと、それと紫苑の未来視眼のことを話した。
そして、昨晩の出来事について話した。
老紳士のこと、俺の能力が遠目見眼ではなく透深眼であったこと、最後に今夜新たに敵が攻めて来るということ――。
佐光は、うんうんと頷きながら聞いてくれたが、どこまで理解していたのかは解らない。
作業も一通り終わったらしく、佐光に椅子を勧められて俺は腰をかけた。
「遠近くん、辛くない?」
佐光の突然の質問に少し驚いた。
「え、あぁ、確かに昨日の夜みたいな事ばっかりだとぶっ倒れちまうけどな。
でも、俺にしか視えない物があるなら、それは俺が視るしかないんじゃないかと思う」
「そうね、遠近くんが授業中寝てると隣の席の私が先生に気を遣わないといけないもの」
少し皮肉ってはいるものの、佐光なりに心配してくれているのだろうと捉えることにした。
「これでも一応、自分なりに頭の中整理してきたんだけどね。ちょっと私の覚悟、足りなかったみたい」
そう言うと、今日は時間ないんでしょ?早く帰ろ。と佐光が言った。
ここで漸く、俺は夕方に安綱と待ち合わせしていたことを思い出した。
このことを佐光に伝えると、
「そっか。それじゃあ……私は帰ろうかな――」
そういって席を立った彼女の顔は、一瞬、寂しそうに見えた。
校門まで送ると言った俺を、彼女は制した。
去り際に、明日も遅刻しないようにね!と言った佐光の表情は、既にいつもの彼女だった。
そんな佐光に対して、俺はなんて返したら良かったのだろう。
――その時の俺は、ただ笑って手を振ることしかできなかった。
安綱たちが来たのは、佐光が帰ってから二、三十分程経った頃だろうか。
紫苑の手配で学校関係者は追い出されたらしく、校舎には俺たち四人しか残っていなかった。
「はい、一般人に残られていると色々と面倒なので帰っていただきました」
それは昨夜の佐光のことを言っているのだろうか……。
少し刺々しい言い方に思えた。
「それでは最終確認として、私が先程視た未来についてお話しておこうと思います」
そう言って紫苑は話し始めた。
「今回の敵は、昨晩の彼程ではありませんが、ある程度の苦戦を強いられると思います。
前回の男は、他人を操ることを能力としていた術者。
どちらかと言えば、自らは手を下さずに後方で指揮を執る参謀タイプでしょう。
ですが今回の敵は、戦闘員タイプ、自ら向かっていく戦闘を得意とする者のようです。
はっきり言って、頭脳戦の苦手な力馬鹿ですね。
筋骨隆々とした大男で、背丈はそうですね……そこの本棚と同じくらいでしょうか」
そう言って紫苑が指したのは、壁際の二メートル近くある本棚だった。
「それにしても、白の者達に肉弾戦を好む者が居たとは意外ですが――」
白の者に、肉弾戦を好む者は居ないと言うことなのだろうか。
今の紫苑の台詞が少し気になったので聞いてみた。
「はい、元々白の者たちと言うのは、頭脳戦を得意とする者達の集団なのです。
そして、自らの手を汚すことを嫌います。
補足させていただきますと、彼らもまた私たち同様、真神を連れています。
形は様々ですが、ほぼ同じものであると言って良いでしょう。
私達と異なる点と言えば、彼らは真神を連れている場合が殆どであり、自ら手を汚すことは極稀であると言えます。
昨晩の男は、謂わば
真神の代わりに
自ら用意した人形を動かすことは勿論、昨夜の彼女のように少し手を加えることで他人を操ることで、対象を処理をします。
あれだけの能力を持っていたところを見て、幹部クラスであったことには間違いありません」
それを使いこなすとなると、相当エネルギーを消費することになるらしい。
今更ながら、初戦からとんでもない相手と戦っていたんだということを実感する。
「真神と違って
安綱様の仰られたデメリットもありますが、メリットの方が断然大きいのです」
以上が私の視た未来の全てです、と話を終えようとした紫苑に対し、景が顔を顰めた。
「あんた……隠し事してるだろ。
何を隠しているのかまでは判らないけど、動揺してんのが丸視えなんだよね」
それを聞いた紫苑は、黙って俯いてしまった。
「これからまた、俺たちが戦わされるってのに、そういうことされるとさ――」
「景!」
「だって、これから戦わされるのは兄貴なんだぜ!?
死ぬかも知れないってのに、こんなことでいいのかよ!」
おそらく、景は紫苑のことを視たのだろう。
だが、いくら口が悪い弟とは言え、今のは言い過ぎだと思った。
景は他人の心を読むことができる。
読心眼と言うらしい。
他人の心が読めると言うのはどういう気持ちなのだろうか。
それはきっと、景本人にしか解らないことなのだろう。
いつになく景は興奮していた。
紫苑の心を読んでしまったことへの後悔と自責、そういったものをぶつけているように思えた。
言葉に詰まる紫苑だったが、覚悟を決めたのか大きくため息を吐いた後、ハッキリとこう言った。
―今夜の戦で、私たち四人のうち誰か一人が死にます―
一瞬何を言われたのか理解できない俺だったが、景の顔を見ると嘘ではないということが判る。
「誰が死ぬのかは特定できませんが、これが……私が最後に視た未来です――」
皆、黙り込んでしまった……。
特に景の落ち込み様は一際だった。
「ほ、ほら、でもさ、何が起こるか判ってるんだから、そんな未来変えちゃえばいいじゃないか」
何か方法はある。
誰も死なずに朝日を迎えるシナリオがある筈だと思った。
しかし――
「……すみません、風一さん。
私の能力の欠点として、一度視た未来はその場で確定してしまうんです……。
ですから、これからどう足掻こうとも未来が変わることは在り得ません」
「そう、在り得ませんの。」
ジョキン――
突如、目の前で紫苑の首が刎ねられた。
紫苑の首のあった場所の向こうでは、巨大な鋏をこちらに向けたロリータファッションの少女が、純真無垢な笑顔でこちらに微笑みかけていた。
俺たちは紫苑の指示によって、図書館で話をしていた。
ここからだと、今回の敵が現れる場所である中庭が容易に確認できるからと言って選んだ場所だった。
俺たちは机を囲む形で話をしていたから、誰かの後ろに少女が立ったなら、すぐにでも気づけた筈だ。
だが、紫苑の向かいに座っていた俺には少女の姿は勿論、鋏の陰さえ見えなかった。
何故だ……。
俺は脇に置いておいた刀を手に取り、相手との間をとった。
隣には安綱が、少し離れたところには景が、少女に対して身構えていた。
すると少女は紫苑の――否、紫苑だった物を蹴落とし、椅子に腰掛けた。
「あら?皆さんこわい顔して如何なさったのかしら。
こっちへ来て一緒にお茶しましょうよ」
少女は背中に背負った赤いランドセルから、ティーカップ、ティーポット等の道具を取り出した挙句、クッキーやビスケットの入ったバスケットまで取り出した。
さっきまで俺たちが会議をしていた机にはテーブルクロスがかけられ、あっという間にお茶会の会場となっていた。
床は宛ら赤い絨毯を敷いたかのようで、紫苑の身体と首が別々に転がっている。
「そう、これが未来視眼ですのね」
そう言うと少女は紫苑の首を両手で抱え上げると、まるでカップアイスを掬う様に、眼球をスプーンで刳り貫いた。
そして刳り貫かれた眼球を、肩から提げていたポーチに仕舞うと、紫苑の首は再び床に投げ出された。
「わっぱ、主は何者か」
安綱の問いに対し少女が答える。
「ワタクシが、そこに転がってる方が先程仰ってた大男ですのよ」
どこをどう見てもこの少女が大男には見えないのだが……。
「それにしても失礼しちゃいますわっ!
確かにワタクシが視せた未来ですけれど、力馬鹿とか言われて――」
少女はまだ喋り続けているが、さっきの一言が少々気にかかった。
視せた……?今確かにこの少女は未来を視せたと言った。
「視せたって……どういうことなんだ……」
「それでもう頭にきちゃって……って、あら?ワタクシってば視せたなんて言いましたかしら」
少女は紅茶を一口すするとまた喋り始めた。
「コホン、そこまでバレているなら仕方ありませんわね。
そう、ワタクシは意図的に貴方達の眼に対して視せることができるんですの。
ここのお姉さんの場合だと未来、お兄さんの場合は
少女はお喋り好きの様で、聞いてもいない事まで色々と喋ってくれた。
つまり、紫苑はこの少女が造った嘘の未来を視せられ、俺たちはその罠にまんまと嵌ったということだ。
「そうだ、丁度良いですわ。
刀のお兄さん、ワタクシのこと視て御覧なさい。
どうです?
驚いたことに少女の身体には
それは光ったり消えたりしていて、花をかたどったり、ウサギの絵になったりしていた……。
そして最後に、全ての
「あら、そんなに驚かなくってもよろしいのに。
視せるって言うことは、何も無いものを視せるってこともできますのよ」
うふふと無邪気に笑う少女を前に、俺は愕然としていた。
透深眼を封じられた俺に、一体何ができるのだろう……。
「お茶、冷めてしまいますわよ」
少女は二杯目のお茶を飲み終えるところだった。
せっかくクッキーまで焼いて参りましたのに……とかブツブツと文句を言って、モクモクと一人で食べている。
「ワタクシ、貴方達と争うつもりはありませんの」
「争うつもりがない者が、何故後ろから襲ったりするのだ」
安綱が問う。
「あれは、不可抗力ですのよ。
だって、ワタクシのことをあまりにも酷く仰るんですもの。
ワタクシは、そちらのお兄さん達の眼を持ち帰るのが仕事ですので、大人しく渡して戴ければすぐにでも帰りますわ」
本当は、見たいテレビがあるから早く帰りたいんですのよ。などとふざけたことを言って、気だるそうにため息を吐いた。
紫苑をこんなふざけたやつに殺されたかと思うと、怒りが込み上げてきた。
俺が刀を握りなおし、少女の首を真正面から居合いで斬り飛ばしてやろうと踏み出したその刹那――
「風一、止せ!」
安綱に制止され、俺はつんのめりそうになった。
「愚か者、足元をしかと見よ」
安綱に促されて足元を見ると、一本の糸がピンと張ってあった。
その端には、手榴弾が縛り付けてあり、糸はピンに結び付けてある。
「この糸に
わっぱ、そうであろう」
よくよく見ると、本棚と本棚の間、椅子の足から机の脚など、何本か同じように糸が張ってある。
「あら、よく判りましたわね。
ですけど、その
貴女の身体をこの糸で細切れにしないといけなくなりますもの」
そう言いながら少女は足元に転がる紫苑の首を踏み潰した。
少女の足元に
少女は興奮を抑えるように脇に抱えたヤケにリアルなウサギのヌイグルミの頭を撫で、そのヌイグルミと話はじめた。
「うんうん、あら本当?んー、どうしようかな……。
それじゃあ、喧嘩しないで仲良くするって約束よ――」
そう言うと少女はランドセルの中から四体のヌイグルミを取り出した。
目の前にはウサギのヌイグルミが二体、コグマが二、ネコが一、合わせて五体のヌイグルミが並べられた。
「今から貴女の達の相手は、この子達がしてくれます。
この子達、ワタクシお手製のヌイグルミに真神を憑依させていますの。
うふっ、ワタクシ、こう見えてもお裁縫大好きですのよ」
よく見ると、そのヌイグルミは動物の屍骸を縫製したものらしかった。
「はい、それではお遊戯の始まり始まり〜」
言い終わると少女は、三杯目の紅茶を口にして、淹れ直しねと紅茶の葉を交換し始めた。
凡人と化した俺と景に一体どこまで戦えるのだろう。
「安綱……どうする」
刀を握った俺の手は、汗でじっとりと濡れていた。
「このわっぱ、昨日の
そう言った安綱の顔には、何か策がある様に見えた。